2012年 02月 28日
視診に頼ることの危険性 |
昔勉強していた視覚についてまた復習を始めました。
触診の重要性について講義することになったので、自分がなぜ触診の勉強会に毎年参加するのかを話すために視覚が脳が作り出したものであることを話す予定です。
ウィリアム・ジェイムズが『プラグマティズム』で書いているように、「感覚というのは、事件を弁護士の手に委ねてしまい、法廷に座って、弁護士が最も適切だと信じて論述するいかなる説明をも、黙って聞いていなければならぬ弁護依頼人の様なものである」
哲学者イマヌエル・カントのように、彼らは、外部にある、つまり外界に対する私たちの諸感覚のなかにあると考えられているものの大半は、実はない部、すなわち心の内側から来ると主張しています。(想像力は知覚そのものの必須要素である、とカントは書かれています)
これら感覚と表現されていますが、多くは視覚において強い作用となっています。
触覚は感覚器のなかで一番精度が高い感覚器です。
ミュラーリヤー錯視というのが有名ですが、錯視によって棒の長さが異なるように意識上には上がってきても実際に手でつかもうとすると、棒の長さ通りに手がひらく。
身体は気付いていることが分かります。
実際椎骨の上方下方変位を見分けるときには、手がまず上下の差を見つけ、その後自分の手を見るようにして検査すると良くわかることが最近わかりました。
視覚と触覚を同時に使うと、上下の差がわかりづらい。
視覚を優位にして身体の状態を見ていくと間違いが起こりやすい。
この生理学的に理解できたことで、触診時のミスがだいぶ減ったと思っています。
触診の重要性について講義することになったので、自分がなぜ触診の勉強会に毎年参加するのかを話すために視覚が脳が作り出したものであることを話す予定です。
ウィリアム・ジェイムズが『プラグマティズム』で書いているように、「感覚というのは、事件を弁護士の手に委ねてしまい、法廷に座って、弁護士が最も適切だと信じて論述するいかなる説明をも、黙って聞いていなければならぬ弁護依頼人の様なものである」
哲学者イマヌエル・カントのように、彼らは、外部にある、つまり外界に対する私たちの諸感覚のなかにあると考えられているものの大半は、実はない部、すなわち心の内側から来ると主張しています。(想像力は知覚そのものの必須要素である、とカントは書かれています)
これら感覚と表現されていますが、多くは視覚において強い作用となっています。
触覚は感覚器のなかで一番精度が高い感覚器です。
ミュラーリヤー錯視というのが有名ですが、錯視によって棒の長さが異なるように意識上には上がってきても実際に手でつかもうとすると、棒の長さ通りに手がひらく。
身体は気付いていることが分かります。
実際椎骨の上方下方変位を見分けるときには、手がまず上下の差を見つけ、その後自分の手を見るようにして検査すると良くわかることが最近わかりました。
視覚と触覚を同時に使うと、上下の差がわかりづらい。
視覚を優位にして身体の状態を見ていくと間違いが起こりやすい。
この生理学的に理解できたことで、触診時のミスがだいぶ減ったと思っています。
by kosuke-n
| 2012-02-28 01:12
| 脳科学・心理学