2013年 09月 11日
色を学ぶ |
認知心理学の実験手法が整った今、子供が色の名前を理解するまでに長い期間を要することの理由が少しずつわかってきました。
心理学者はこれまで、色の学習が難しい理由の一部は、私たちが多種多様な色にいつも囲まれていることにあると指摘していました。
どこを向いても様々な色が目に入ってくるという状況は、他の一般的な言葉の特徴にはないものです。
例えば、えんぴつ・ノート・りんご・車、これらは存在する状況もあればない状況もありますが、色というのは常に存在するものですし、色の境界は難しく、見分けることが難しい。
色の学習が言語の表現に由来することであるのがとても面白いと私は思いました。
英語における色の表現は特に学びにくいそうです。
英語では色を表現する単語は名詞の前におかれることが多い。
例えば、「the red balloon」がよく使われ、「the balloon is red」は比較的少ない。
文章の構造は、学習においてとても重要であるようです。
その理由は、注意の向き方が影響するからです。
会話の中で私たちは、話をされている内容を追いかけなければありません。
そしてこれは視覚的に行われることが多い。
例えば、もし私が「右のレーンで走っている若い男性」について話を始めたとすると、その初めて聞く人物や、もののある場所に目を向けます。
子供も同じ行動をとります。
名詞が色の単語の前におかれて話しかけられると、子供は、話されている内容が何であれ、まず対象である「もの」にフォーカスして、その後に対象の色を気に留めることになります。
「風船が赤い」と言えば、子供は「赤」を風船の属性の一つと考えて意味を絞ることができ、広い世界の一般的な性質ではないことを理解しやすくすることができます。
「色」自体について考える必要もあります。
子供は「その風船が赤い」の「赤」は「湿った」とか「鋭い」などと同じような、特徴を示す語と理解しますが、「赤い風船」と聞くと、「赤」が「トム」とか「ジョン」と言った何かの名称と理解してしまいます。
「赤い」ことが名前のようなものか、それとも特徴のようなものであるか。
心理学者はこれまで、色の学習が難しい理由の一部は、私たちが多種多様な色にいつも囲まれていることにあると指摘していました。
どこを向いても様々な色が目に入ってくるという状況は、他の一般的な言葉の特徴にはないものです。
例えば、えんぴつ・ノート・りんご・車、これらは存在する状況もあればない状況もありますが、色というのは常に存在するものですし、色の境界は難しく、見分けることが難しい。
色の学習が言語の表現に由来することであるのがとても面白いと私は思いました。
英語における色の表現は特に学びにくいそうです。
英語では色を表現する単語は名詞の前におかれることが多い。
例えば、「the red balloon」がよく使われ、「the balloon is red」は比較的少ない。
文章の構造は、学習においてとても重要であるようです。
その理由は、注意の向き方が影響するからです。
会話の中で私たちは、話をされている内容を追いかけなければありません。
そしてこれは視覚的に行われることが多い。
例えば、もし私が「右のレーンで走っている若い男性」について話を始めたとすると、その初めて聞く人物や、もののある場所に目を向けます。
子供も同じ行動をとります。
名詞が色の単語の前におかれて話しかけられると、子供は、話されている内容が何であれ、まず対象である「もの」にフォーカスして、その後に対象の色を気に留めることになります。
「風船が赤い」と言えば、子供は「赤」を風船の属性の一つと考えて意味を絞ることができ、広い世界の一般的な性質ではないことを理解しやすくすることができます。
「色」自体について考える必要もあります。
子供は「その風船が赤い」の「赤」は「湿った」とか「鋭い」などと同じような、特徴を示す語と理解しますが、「赤い風船」と聞くと、「赤」が「トム」とか「ジョン」と言った何かの名称と理解してしまいます。
「赤い」ことが名前のようなものか、それとも特徴のようなものであるか。
by kosuke-n
| 2013-09-11 19:02
| 哲学